占いグッズの代表的存在ともいえるタロット・カード。
▼起源
タロットカードの起源はヴェネチア起源説、古代エジプト説、ジプシー説、
はたまた中国説などがありますが、どの説も証明できないまま未だ多くの謎に包まれています。
そもそもは14世紀頃、北イタリアのルネサンス諸都市(ボローニャ、フェラーラ、ミラノなど)で宮廷貴族が贈答品にしたり、ゲームを愉しんだりしていたカード(プレイングカード)が
"タロットカード"へと生まれ変わり、やがてそれらのカードが
神秘化されていったのが始まりとされています。
<最古のカードとタロットカードの歴史> 現存する最古のタロットカードはヴィスコンティ家のカードと言われるもので、 イタリアミラノ公国の君主であった フィリッポ・マリーア・ヴィスコンティ(1392~1447)のために描かれた キャリー・イェール・デッキ。(復刻版あり) そして、マリーアの娘と結婚したフランチェスコ・スフォルツァ(1401~1466)のために 描かれたと言われているヴィスコンティ 版 。(復刻版あり) (スフォルツァは1450年にミラノ公になる。 そしてミラノ公国の支配権はヴィスコンティ家からスフォルツァ家へと移行していく。) その後ミラノ公国はイタリア戦争によって1535年にスペインに征服されます。 1393年(フランス)ジャックマン・グランゴヌール(宮廷画家)は、 当時のフランス王シャルル6世に、金銀をふんだんに用いた豪華なカードを送ったと言われています。(復刻版あり) 1413年頃(イタリア)のものとされているヴェネチア起源説のもととなった 97枚が一組となっているミンキアーテ・タロット・デッキ。(復刻版あり) 当時のヴェネチアは東方貿易の玄関口でもあり、さまざまな異文化交流があったと言われてますよね。 1470年頃(イタリア)のものとしてマンテーニャのタロットと呼ばれるバルディーニのタロット (復刻版あり)も登場します。(各10枚づつが5つのグループに分かれているもの) |
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| ~14・15・16世紀~ |
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| 14世紀ペストの大流行を経て15世紀、時代はルネサンス(文芸復興)期を 迎え、ヒエラルキーに対する不満や反発は古代ギリシャ思想の回帰や グノーシス主義、ネオプラトニズム、人文主義など 反キリスト教的な思想が密かに育くまれていきます。 一方大航海期、プロテスタントなどの宗教改革の時代でもあります。 教会権力と王権の対立など激動する歴史的背景や、魔女狩り、地動説さえ異端とされ 宗教裁判にかけられてしまう時代。 タロットカードは”悪魔の発明”とされ、キリスト教の名において灰燼され、 またタロットカードに関心を寄せることさえ異端とされていた時代です。 けれど、だからこそ後の神秘家やオカルティストたちにとってタロットカードは引力的な魅力を放ったのかも知れませんね。 ガリレオ・ガリレイ(1564~1642)、ヨハネス・ケプラー(1571~1630)、 アイザック・ニュートン(1643~1727)などの出現で時代は近代的発明、発見をしていくのですが、彼らもまた西洋神秘思想やカバラ思想、錬金術、占星術(ケプラーは占星術師で生計を立てていたと)などの知識や理解など造詣が深かったと言われています。 やがてタロットカードの運命はその表舞台をイタリアからフランス、 そしてイギリスへと流転していくのです。 |
| ~17世紀・18世紀~ |
| 1650年頃、ジャン・ノブレによって作成されたと言われているタロットカードは、 その後のマルセイユ版タロットと絵柄が似ているとも言われています。 実際この頃には、様々なバリエーションのタロットカードが製作されていたとも言われていますが、異端的要素の疑いのあるものは焼却されていた時代ですから確かな証拠も残っていないというのが実情です。 それから100年近くの時を経て、 フランスのマルセイユではタロットカードの一大生産地として大量にカードが生産され始めます。 1760年ニコラ・コンヴェルはマルセイユにタロットカードの印刷所を設立。 そこで製作されたのがいわゆるマルセイユ版タロット”コンヴェル版”と呼ばれているものです。 後にコンヴェル家の娘と結婚したジャン・バスティスタ・カモワンが引継ぎ、 そしてその息子フィリップ・カモワンがマルセイユ版の復刻版を作り、カモワン・タロットは再び脚光を浴びることになったのです。 カモワン・タロットが老舗と言われるのは、240年以上の製作歴史がある所以です。 当時フランスは絶対主義体制が確立し、王権は神に授けられたものとする 王権神授説(ルイ14世)が唱えられていました。 そしてやがては自由と平等を掲げたフランス革命(1789年)へと歴史は流れていきます。 革命の波、啓蒙思想やカトリック教会の弱体化の中で、 タロットカードはフランスで新たに生まれ変わっていきます。 タロットカード<古代エジプト起源説>の出現。 フランスでプロテスタントの牧師でありフリーメーソンの会員であった アントニオ・クール・ド・ジェブランは1781年「原始世界」を刊行。 タロットカードが古代エジプトのトートの書(律法書)であり、天地創造を表現していると主張。 また失われた文明(エジプト文明)の神秘と叡智と謎を シンボリックな形で表現していると提唱したのです。 ジェブランの主張は当時のオカルティスト達に受け入れられ多くの神秘主義者、 思想家たちがタロットカードに魅せられ研究を始めていくことになるのです。 そしてジェブランの影響を受けながらタロットカードの歴史は "深遠なる叡智や意味をもつもの"として その歴史を歩んでいく事となったのです。 ジェブランの影響を受けた初のタロットカード占い師 エッティーラ(本名:ジャン・バプティスト・アリエッテ)がパリに登場。 1791年「トートの書の理論と実践」を刊行。 タロットカードは深遠な叡智をもつだけではなく、占いの道具としても進化していきます。 けれどエッティーラ自身は商売人としてのタロット占い師であって、タロットカードが実際どういうものかを理解していなかったとも言われています。 このエジプト起源説、ロゼッタストーンのヒエログリフの解読が進むなか完全に否定されているそうですが・・・・ |
| ~19世紀~ |
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| 1854年フランスのボワトーはジプシー=インド起源説を提唱します。 タロットとジプシーを結びつけた最初の人と言われるボワトーですが彼に関する資料はほとんど表に出てきません。 ジプシーは北インド起源の移動型民族ですが、14世紀頃ヨーロッパに現れた時はすでにタロットカードは存在しており、ジプシー起源説も否定されています。 タロットカード<カバラとの融合> フランスの神秘思想家エリファス・レヴィ(本名アンフォンス・ルイ・コンスタン1810~1875)は”タロットは偉大な知識と魔術にとって普遍的な鍵である”と主張。 ユダヤ神秘主義カバラとの関係性を深めユダヤ教の秘儀の伝統とタロットは結びつけられていきました。 レヴィはタロットカードに用いられる大アルカナカードの22枚のカードはヘブライ語のアルファベット22文字と対応し、また"生命の樹"の10個のセフィロトの間を結ぶ22本の回路と関連すると主張。 タロットとカバラ思想は完全に対応されタロットカードとカバラの融合は始まりました。 そしてこれを機に19世紀中頃には多くの神秘主義者たちの手によって、カバラ思想とその教義と結び付けられたタロットカードが数多く作られたのです。 またフランスの学者であり、薔薇十字団およびフリーメーソン団(魔術名パピュス)である ジェラール・アンコース(1865~1917)はレヴィのタロット解釈をさらに深め、タロットを通して伝えられる叡智は古代エジプトの秘教やゲマトリアと呼ばれるヘブライ語の数字のシンボルをタロットに取り入れ、その数字にも意味があると主張したのです。 |
| ~19世紀末~20世紀~ |
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| 多くのオカルティスト達は、自分達が信じる神秘、魔術の体系を視覚化する恰好の材料として タロットカードは非常に便利なものだった。 そしてこのカードに独自の起源や見解を打ちたて、独自の修正を加えながら、タロットカードは いくつも生み出されるようになっていったのです。 そして長い歴史をかけてタロットカードは、 イギリスの魔術結社ゴールデン・ドーン(黄金の暁会)の会員であった 魔術師アレイスター・クローリー(1875~1947)や 神秘主義者アーサー・エドワード・ウェイト(1857~1942) の出現によって現在のタロットカードのスタイルが確立されていくのです。 クローリーは個性的で呪術や魔術的要素を強めた クローリーの”トート・タロット”を製作し、一方 ウェイトは神秘思想や錬金術、カバラ思想などの理解を深めていく中で、 人間の精神生活に対する深い太古からの智慧を芸術性豊かに、 そして描かれた絵のシンボルの背後に多くの意味の暗示を隠せるような 深遠なタロット製作に力を注いだのです。 ウェイト氏が発案しアメリカ人画家<パメラ・コールマン・スミス>の描いたタロットカードは ウェイト版、ライダー版とも呼ばれ、 現在流布している多くのタロットカードの元型になっています。 |
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